Iwasaki Blog


2011年4月23日 – 6:15 PM

ご無沙汰しています。

GRACHAN6の開催が中止になり、ご期待して頂いた皆様には大変申し訳ありませんでした。

この度震災にともなり、以前書かせてもらいましたが、塩釜、名取、に行き物資を届けて来ました。

塩釜で現地の人のお話を聞かせて頂き、気仙沼方面も残酷な状態だから、もし次行くなら行ってあげてくれませんか?
との、お話でしたので早速その翌週にもう一度、物資やガゾリン、灯油、等を被災地に届けてきました。
私が、向かった時期は高速道路も開通されておらず、一般道で片道9時間以上の長旅でしたが、無事 宮城県に入る事が出来ました。
目的地は、気仙沼なんですが、山の土砂崩れ等で山道を迂回したりと中々大変な道のりと、自衛隊の車や 他見ナンバーの警察の車を多く見ました。
気仙沼に向かう途中に、南三陸町を通りました。



この街は、ほほ全滅状態です。
山があり、何処から津波が来たのか?くらい思う、わずかなスペースから津波が押し寄せてきたようです。


津波も震災当初は、10メートルくらいとの話を聞いていましたが、現地を見ると山の木の上には衣類とかが引っ掛かっていて 15~20メートルくらいの津波が来たんだろうと思える状態でした。

橋も崩れていて、自衛隊が作ってくれた鉄の橋を渡り、気仙沼へ到着です。
前もって連絡を取り合っていた、市役所の方と合流し、避難所の状況を聞き物資を届ける場所を定めて向かいました。



この写真は気仙沼市役所付近の写真になります。

物資を避難所に届けて直ぐに東京へ戻りました。

その、翌週に3回目の被災地へ行きました。
調べた所によりますと、物資等はある程度あるようでしたので、今回は心の支援と言うことで行きました。
私の知人達と、内田裕也さん・真木蔵人さん、おなじみのカイキガッショクのリーダーHIROさん、映画監督の園田さん(凶気の桜)達と10人位でピザのトラック一台と、バナナ・みかん・を持って行きました。
かなりのマスコミも来てしまっていて、私てきには微妙な気持ちでしたが、被災地の人が喜んでくれている姿をみたら 良かったのかな・・って、割り切りました。
私は、ずーとオニオンスープを皆さんによそって配っていました。
歳のせいなのいか、腰が痛くなりました。
そんな、感じで今後もこの活動を続けて行きます。
被災地に行くのは、行ける人が行けば良いと思いますし、行った人は一人でも多くの人にこの現状と状況を伝えて欲しいと 思います。
私も、それが行った責任であり義務かな・・と思っております。

次は、そろそろ避難所の方々の髪が伸びてきているとおもうので、美容師さんもしくは床屋さんに声を掛けて近いうちに 行こうと思っています。

次は、福島だな!



※このブログを何人見てるかわかりませんが、もし避難所に居る人がいたら気楽にメールください。

このブログを見ている方々へ。

これが現実です。

これからの日本、大変で重要でとても大切です。
これからの日本についてマジで真剣に考えて生きましょうね!


このブログを見ている海外の方へ。

いつま、ありがとうございます。

海外の方がGRACHANに興味を持ってくれているのはデータで 分かっています。

1つお願いがあります。

この状況をもっと広めてください。

日本政府は良く分からないです。

海外の方たちの力も必要になる時期が来るかもしれません。

その時は、力貸してください。



hiroyuki iwasaki


HOPE